リースバックは、自宅を売ってそのまま借りて住み続ける取引です。売主がそのまま借主になるので、引っ越しも鍵の受け渡しもありません。それでも賃貸借契約を結ぶ以上、敷金の話は出てきます。「いま住んでいる家なのに敷金が要るのか」「いくら預けて、いつ返ってくるのか」。この2つは、条文と国の様式で答えが決まっている部分と、事業者ごとに決まる部分に分かれます。2026年10月1日に施行された国土交通省のリースバックのガイドラインでは、敷金の精算に関する事項が、宅建業者が売主に告げなければならない項目に入りました。民法と国の様式から順に確かめます。
先に結論
- 民法第622条の2は敷金を「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭」と定義している。名前が「保証金」でも中身が同じなら敷金。
- 返還の時期は、賃貸借が終了しかつ賃貸物の返還を受けたとき。契約が終わっただけでは返還義務は生じない。
- 国土交通省の賃貸住宅標準契約書のコメントは「物件の明渡債務と敷金返還債務とは同時履行の関係に立つものではなく、敷金返還時期は、明渡しが完了したとき」と書いている。
- 借主の側から「敷金を未払い賃料に充ててほしい」と請求することはできない(民法第622条の2第2項)。
- 敷金から差し引く場合、標準契約書は差引額の内訳を借主に明示しなければならないとしている。
- 2026年10月1日施行の国交省ガイドラインで、敷金その他の精算に関する事項は、売買契約の前に宅建業者が告げるべき項目に入った。
敷金かどうかは名前ではなく中身で決まる
最初に押さえるのは定義です。民法第622条の2第1項は、敷金を次のように定義しています。
いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭

「いかなる名目によるかを問わず」が効きます。契約書に「保証金」「預り金」と書いてあっても、賃料などの債務を担保する目的で借主が貸主に渡す金銭なら、民法上は敷金として扱われます。逆に、返還が予定されていない礼金は、担保する目的の金銭ではないので敷金ではありません。国土交通省の賃貸住宅標準契約書のコメントも、この定義が平成29年の民法改正で規定されたものだと説明しています。
リースバックでは、売却代金から敷金相当額を差し引いて精算する形が取られることがあります。その場合でも、担保の目的で借主から貸主へ渡っている金銭であれば、扱いは敷金です。名目に引きずられず、契約書の条項で「何を担保し、いつ返すか」を読んでください。
返ってくるのは「明け渡したとき」。契約終了時ではない
いつ返るのかを誤解している人が多い部分です。民法第622条の2第1項は、返還義務が生じる場面を2つに限っています。
敷金が返るまでの順番(民法第622条の2第1項)
賃貸借が終了する
定期借家なら期間の満了、普通借家なら解約や更新拒絶など。この時点ではまだ返還義務は生じない
賃貸物の返還を受ける
借主が物件を明け渡す。条文は「賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき」と、2つを並べて要求している
債務を控除した残額を返す
受け取った敷金の額から、賃貸借に基づいて生じた借主の債務の額を差し引いた残りを返還する
国土交通省の賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版・家賃債務保証業者型)のコメントは、この点をさらにはっきり書いています。「つまり、物件の明渡債務と敷金返還債務とは同時履行の関係に立つものではなく、敷金返還時期は、明渡しが完了したときである」。
同時履行の関係にないということは、「敷金を返してくれたら出ていく」とは言えないという意味です。先に出て、その後に返ってきます。リースバックで買戻しをせずに住み替える場合、新居の初期費用を旧宅の敷金で賄う計画は成り立ちません。
借主の側から「敷金を家賃に充ててほしい」とは言えない
民法第622条の2第2項は、貸主が借主の債務不履行に対して敷金を弁済に充てられるとしたうえで、「この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない」と定めています。
つまり充当するかどうかを決めるのは貸主側だけです。家賃が払えなくなったときに「敷金から引いてください」と求めることはできません。リースバックは売却代金を使い切ったあとに賃料の支払いが続く取引なので、この一方通行の仕組みは知っておく価値があります。
差し引かれる場合は、内訳の明示が求められる
敷金から何を差し引けるのかも、条文と様式に書かれています。民法は「賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額」を控除するとしています。賃料の滞納や、原状回復に要する費用の未払いがこれに当たります。
国土交通省の賃貸住宅標準契約書第6条は、第3項で明渡しがあったときに敷金の全額を返還するとしたうえで、ただし書で債務不履行額を差し引いた額を返還すると定め、第4項で「甲は、敷金から差し引く債務の額の内訳を乙に明示しなければならない」としています。
| 論点 | 民法第622条の2 | 国交省 賃貸住宅標準契約書 第6条 |
|---|---|---|
| 敷金の定義 | 名目を問わず、債務を担保する目的で借主が貸主に交付する金銭 | 本契約から生じる債務の担保として、頭書に記載する敷金を交付する |
| 返還の時期 | 賃貸借が終了し、かつ賃貸物の返還を受けたとき | 本物件の明渡しがあったとき、遅滞なく全額を返還 |
| 債務がある場合 | 敷金の額から債務の額を控除した残額を返還 | 債務不履行額を差し引いた額を返還 |
| 貸主からの充当 | できる(第2項前段) | できる(第2項) |
| 借主からの充当請求 | できない(第2項後段) | できない(第2項) |
| 差引額の内訳 | 規定なし | 貸主は借主に明示しなければならない(第4項) |
標準契約書は国が示す様式で、これをそのまま使う義務はありません。ただし内訳の明示のような条項が契約書にあるかどうかで、退去時のもめ方が変わります。原状回復の負担区分そのものはリースバック後の修繕・原状回復は誰の負担?で扱っています。
2026年10月から、敷金の精算は「告げるべき事項」になった
ここが今年変わった部分です。国土交通省は令和8年10月1日施行で「住宅のリースバック取引における宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方(リースバックに関するガイドライン)」を定めました。このガイドラインは、宅建業法第47条第1号の事実不告知にあたる事項を、リースバック取引について具体的に列挙しています。

列挙された「(ii)賃貸借に関する事項」の中に、次の項目があります。「敷金その他いかなる名義をもつて授受されるかを問わず、契約終了時において精算することとされている金銭の精算に関する事項」。民法第622条の2と同じく、名義を問わないという書き方です。
ガイドラインが敷金まわりで効く場面
売買契約の前に告げる
リースバックは売買と賃貸借が不可分一体だとして、賃貸借の内容も売主の判断に重要な影響を及ぼす事項に当たるとされた。敷金の精算も売買契約を結ぶ前の説明対象になる
故意に告げなければ法第47条
列挙された事項を故意に告げない行為や、事実と異なる説明を行うことは、宅建業法第47条第1号に抵触する
過失でも法第31条
過失により告げない場合であっても、業務処理の原則を定めた法第31条第1項に抵触するおそれがあるとされている
対象は居住用
対象は、売主等の居住の用に供されている宅地建物の売買とその賃貸借が不可分一体で、買主が宅建業者であるものか、宅建業者が媒介・代理するもの
ガイドライン全体で何が義務づけられたのかはリースバックのガイドラインは何を義務づけた?にまとめています。
契約前に確かめる3つの数字
敷金について契約前に確かめるべきことは、条文から逆算すると3つに絞れます。
| 見るところ | 確かめる内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 金額と名目 | いくら預けるのか。「保証金」「預り金」などの名目でも、担保の目的なら民法上は敷金になる | 民法第622条の2第1項 |
| 返還の時期 | 「明渡し後」と書かれているか。契約終了日に返るという書き方になっていないか | 民法第622条の2第1項/国交省標準契約書第6条第3項 |
| 差し引く範囲 | 何を差し引くのか、内訳を明示する定めがあるか。原状回復の負担区分と整合しているか | 国交省標準契約書第6条第3項ただし書・第4項 |
そしてもう1つ、リースバック特有の論点があります。事業者が物件を第三者へ譲渡した場合です。ガイドラインは「宅建業者が第三者に物件を譲渡する可能性及びその場合の賃貸借関係への影響」も告げるべき事項に挙げています。貸主が変われば敷金の返還義務も新しい貸主へ移るのが原則なので、誰に返還を求めることになるのかは、譲渡の可能性とあわせて確認してください。契約期間そのものの終わり方はリースバックの定期借家はいつ終わる?で扱っています。
リースバックの敷金についてよくある質問
いま住んでいる家なのに敷金は要るのですか
敷金を取るかどうかは契約内容によります。民法も国交省の様式も「敷金を交付する場合」の扱いを定めているだけで、必ず預けなければならないとはしていません。リースバックのガイドラインは、敷金その他の精算に関する事項を宅建業者が告げるべき項目に挙げているので、金額の有無も含めて契約前に示されるはずです。
敷金は売却代金から差し引けますか
契約でそう定めれば可能ですが、公的な様式に定型の規定はありません。差し引く場合でも、担保の目的で借主から貸主へ渡った金銭であれば民法上は敷金として扱われます。売買代金の精算と敷金の授受を1つの書面で済ませるときは、どちらの性質の金銭なのかを契約書で分けて書いてもらってください。
退去したらすぐ全額返りますか
国交省の標準契約書は「本物件の明渡しがあったときは、遅滞なく、敷金の全額を乙に返還しなければならない」としたうえで、債務不履行があるときは差し引いた額を返すとしています。全額が返るかどうかは、賃料の滞納や原状回復費用の未払いがあるかで変わります。
家賃が払えないとき、敷金を充ててもらえますか
借主からは請求できません。民法第622条の2第2項の後段が「賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない」と定めています。充当するかどうかは貸主の判断です。
買主が物件を転売したら敷金はどうなりますか
国交省のガイドラインは、宅建業者が第三者に物件を譲渡する可能性とその場合の賃貸借関係への影響を、売買契約の前に告げるべき事項に挙げています。誰が敷金の返還義務を負うことになるのかは、譲渡の予定とあわせて事前に確認してください。
- e-Gov法令検索「民法(明治二十九年法律第八十九号)」第622条の2 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089(令和8年6月24日施行版を2026年11月2日に表示)
- 国土交通省「賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版・家賃債務保証業者型)」第6条および同条コメント https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001493354.pdf(2026年11月2日に表示)
- 国土交通省 不動産・建設経済局 不動産業課「住宅のリースバック取引における宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方(リースバックに関するガイドライン)」令和8年10月1日施行版 https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/const/content/002025410.pdf(2026年11月2日に表示)














